2016年4月15日金曜日

4月15日 熊本で大地震

熊本で震度7の地震。

状況はまだまだわからない。

火山もあるし、耐震の問題を疑問視されたまま再稼働している川内原発もある。
なにもなければいいけど。

死傷者も少しずつ明らかになってきた。
これからどんな問題がでてくるのだろう。

行政には東北の時の問題を修正して対応してもらいたいですね。

なにか情報があれば、
まで連絡ください。



2016年3月12日土曜日

五年が経った3月11日

あの日から五年が経ちました。

早い時間の流れを感じます。
被災された方々、家族や友人を失った方々はどんな思いでいるのでしょうか。

その五年の中で東北の現状は思うように進んではいないように感じます。

再開発の問題、雇用の問題、高台移転の問題、海岸の誰にも望まれていない高い防波堤の問題、未来にも影を落とす原発の問題。

「なんでだろう?」

素人ではわからない難しい問題もあるでしょうが、誰が考えてもわかりやすい答えのでいているシンプルな問題もあると思います。

政治や行政の悪いところと幾度となくぶつかります。

「OSH」を始めて沢山の人たちと出会いました。
被災された人たち、支援する人たち、支援する人たちを支援する人たち。
他にも沢山の人間と関わってきました。
僕らにとってこういった関わりが大きな財産になっているとと思います。

津波被害地域の迅速な復興と福島の原発事故の収束を心から願います。


僕らの「OSH」を応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
まだまだ出来ることをやっていくつもりです。
これからもよろしくお願いします。





2015年12月20日日曜日

12/18黒サンタ

福島より東京に避難されてきた方々が暮らす集合住宅で例年行っている、
「OSH黒サンタ」をやってきました。

「つなぐ心ネットワーク」と「ちくちくサポーターズ」の代表も参加してくれました。
当日は100足のサンタブーツを渡すことができました。

子供達はみんな明るく、笑顔いっぱい!
この住宅の中では2017年3月までという居住許可の期間が発表されたようです。
子供たちはやっと慣れた環境からまた「たらい回し」にされてしまうのでしょうか。


東電の賠償問題はいまだに人間関係にまで影を落としています。
「あの家族はいくらもらったのに!」
こんな感情のぶつかりは原発がなければ起こらないことでした。
大人の感情が子供同士の関係まで波及していることもあるようです。

福島の一部の地域では山間部の除染をやめるという発表がありました。
追いつかないのです。
しかし、風が吹けばその汚染された枯れ葉や土は住宅街まで簡単に飛んでくるでしょう。

宮城や岩手の津波被害のあった海岸線もまだまだです。
工事もお金もしっかりと投入されているとは思えません。

しかし、この東京の避難先の住宅の近くでは着々と東京オリンピックのための建設ラッシュが窓から見えます。

なんなんだこの現状は。
原発と軍備とオリンピックにどれだけ金が使われるのだろう。

また考えさせられる一日でした。

みんなまた来年なーーー!!!






2015年3月11日水曜日

4回目の3月11日

あの日から4回目の3月11日が来ました。

突然多くの人の命を奪った天災。
「東日本大震災」という名前がついているけど、「東日本大津波」とも言えると思えます。
僕らが支援していた被災者の方の多くは「津波」によっての被害の方がより深刻でした。
それによって生まれた「原子炉のメルトダウン」「長年の政府の嘘」の被害も深刻です。

千葉、茨城、福島、宮城、岩手、まだあの日の爪痕は残っています。

去年の11月の時点で、僕らが見た沿岸の街には大きな変化はありませんでした。
復興が進んでいるという実感が目で見えてきているとは言えませんでした。

放射性物質の流出は悪化しています。
世界のトップニュースも国内では大きく取り上げられません。

「目算より多く流出していました」
「メルトダウンしていました。炉心が溶けて見当たりません」
「海洋流出が止められません」
「首都圏も広範囲にわたって汚染されています」
「鼻血はやっぱりでる可能性があります」
「福島の子供の甲状腺がんが爆発的に増えています」

一言で言って、「日本のマスコミと政府は気持ち悪い」。

当時の寄付金はどのように使われているのでしょうか。
政府の復興の財源は関係ないと思えるところにメチャクチャな使われ方をしています。
そしてこういうことをメディアは大きく問題にしません。
やっぱり「日本のマスコミと政府は気持ち悪い」
がんばってるところはモチロンあるけど。

昨日は僕らをバックアップしてくれた築地本願寺での法要に参加しました。

その後に福島や宮城から避難してきていて、震災以降ずっとつながりのある方たちと一緒に食事をしました。
みなさんそれぞれの思いの中で日々を送っています。

別れや出会いの中で、人はまた進んでいくのだと思いました。
複雑な思いを抱えながら、人はまた進んでいくのだと思いました。

僕らのできる事はもうほとんどありません。

でもこうしてまた、みんなの進んでいく気持ちを感じ、共有していきたいと思います。
築地本願寺の法要にて

2014年10月6日月曜日

10/6 Twitterまとめ

久しぶりになっちゃいましたが、東北に入ってました!

Twitterまとめです。

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9月29日
ちくちくサポーターズ番長!川上さん!
いってきます!
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山田町、初音で夕食!
大将が元気で良かったぜ。
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初音で知り合いの義妹さんと遭遇!
世の中せまいなー。
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9月30日
さあ!スタート!
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山田町ケビンハウスのご主人と共に。
いくぞー。
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船越保育園にて!
みんな元気で嬉しいぜ!
新しい園長さんともお会いしました。
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大船渡へ爆走中。
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大船渡のチャコちゃんのところへ行ったら、海の見える食堂でお昼ご飯をご馳走してもらっちゃいました!
写真はお母さんとチャコちゃん、そして店の店主!
会えて嬉しかったなー。
ご馳走様でした!
また来ます!
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「奇跡の一本松」と「汚いおっさん二人」。
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陸前高田の幼稚園にて。
園長さんとは会えず!
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イオンで買い出し!
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気仙沼の三浦さんにちくちくの新しいのれん!
仮設住宅はドアを開けたときに部屋の中が丸見えだから結構需要がある。
三浦のお母さんはみんなに配って回ってる人なのです。
身体こわさないでねー!
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10月1日
帰ってまーす!
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19:00頃に着いたけど、こんなタイミングになっちゃった。
とにかく無事着!

みんなありがとー!

11/6「みんなに顔出していこうぜツアー」報告

9/29〜10/1まで東北に入っていました。
「みんなに顔出していこうぜツアー」でした。

ここのところのOSHの支援はのんびりとしたものに落ち着いてきました。
緊急性があるものはほとんどないということと、現地での変化もないという理由からです。

沿岸部の多くはほとんどの瓦礫がなくなりました。
でもほとんどそれだけ。

土地の利用に関してもはっきりと決まらないまま。
雇用の問題もそのまま。
防潮堤の問題等も住民と行政の間に隔たりがあるまま。
福島第一原発から流出し続けている放射性物質の話はぐだぐだにして話を反らし続けている。

2011年に起こったことが、もう2015年になろうとしてるのに。

復興費用は宙に浮いたまま。
どころか、関係ないところに使われている始末。

いい加減にしろといいたい。

まだまだOSHは動いていきます。




2014年6月3日火曜日

6/3「Off Stage Hypocrite on Stage vol.4」を無事に終えました!

「Off Stage Hypocrite on Stage vol.4」を無事に終えました!

震災当時に福島第一原発で働いていた方とのトークショウでは色んな事実がわかりました。

「放射線管理手帳」というものの存在や、一律ではないんだろうけど、事故以前にも働いている人間には東電から一日「35万円」ほどが支払われていて、そこから間に入ってる人間が「ピンはね」をしまくっているという事実など、驚きの話がそこにはありました。だから日本の電気って世界でトップクラスに高いんですね。こういうのも利権の一つか・・・

鼻血は事故当時から現地で確実に増えていたという話も聞きました。
「美味しんぼ」の騒動から、慌てふためくように火消しをしていた政府の姿も記憶に新しいところです。

本当はなにが起こっているのでしょうか?

今までは国とマスコミに翻弄され続けていました。

もう信用できないと思うのは当たり前の事です。

ネット社会の中で情報の取捨選択は難しくなっています。
しかし、真実のない昔のシステムに比べたら、はるかにいい時代なのかなと思えるところもあります。

これからも注視し続けたいと思います。

来てくれたお客さん、関係者各位、ありがとうございました!